黄泉の道化師



「ねえ、昨日のあの御倉木くんって子、ミス研に入れない?」
 翌朝の教室、席に座って本を読む僕に開口一番そう告げると、コズちゃんは目の前に入部届けをひらひらさせた。
「さっきもらってきたんだ。一応部室に置いておく用に、あと十枚くらい」
「準備がいいね。でも、新入生だったら普通ホームルームで配られるんじゃないの?」
「新入生はね。今年は二年生、三年生にもアピろう」
「おおっ、ついにコズちゃんがやる気を出してくれたかー。うんうん、やっぱり昨日の校長先生のお言葉が効いたようだね。遊んでばっかりいないで、ちゃんと勧誘しないと部室も取り上げられちゃうし、下手すりゃ廃部になっちゃうからね」
「まーね! わたしだって会長なんだし、なんてーの、ほら、リーダーシップってやつに目覚めちゃったってわけよ、どーよこれ!」
「今まではその方向性を間違えてただけだけどね」
「なにおう! っと、そんなことより、肝心の部活説明会っていつだっけ?」
「来週の水曜。五・六限」
「えーっと、今日が土曜日だから……って、あと四日?」
 僕らの学校は土曜日も半日だが授業がある。最近はどこもそうだし、別に普通だ。
「うん。一応二人で壇上に立つけど、しゃべるのはコズちゃん、会長のあなたにお願いします」
「ええっ? ……う、うん、わかったよ。か、会長のわたしに任せて! おお大船に乗ったつもりでいなさい!」
「声が裏返ってるし、どもってるよ。しゃべるときにそんなことのないようにね。ちゃんと原稿も書いて覚えたほうがいいかも」
「えーっ! 湊がやってよぉー。やだよぉー」
「さっきのリーダーシップとやらはどこへいったんだか」
「湊が書いてよ。それ暗記して読むから」
「自分で書きなって。会長なんだからさ」
「やだーやだー。その日風邪ひくかもしれないから、お願い」
「風邪ひくかもしれないって、子どもじゃないんだから……」
「……ぐすん」
「あー、わかったよ、書くから。だから泣かないで」
「あはははっ、ありがとっ!」
 ウソ泣きか……。ウソ泣きは本当にずるい。簡単に相手の心を奪えるし、女の子や子どもにだけ許された差別的な武器だ。
 昼休みになると、僕らは一目散に教室を出た。コズちゃんに半ば強引に連れられてだが、一年生の教室へとやってきた。早くしないと御倉木くんが学食や購買、あるいは友達と弁当を食べにどこかに消えてしまうかもしれない。この学校は案外広いから、探すのは苦労するだろう。かといって、放送で呼び出すわけにもいかない。
「そういや、御倉木くんのクラスは知ってるの?」
「知らない! ってことで、片っ端から調べていくよ! 湊は六組からお願い!」
 そう言うとコズちゃんは一組の教室へダッシュして、F1カーのような勢いで教室に突っ込んだ。入らなくても、扉の近くにいる生徒に聞けばいいのに。
「あの、このクラスに御倉木くんっているかな」
 僕は手近な男子生徒に尋ねた。返事はノー。ありがとうと言って、次の五組のほうへ向かった。
 一組の後ろの扉からコズちゃんが出てきて、そのままの勢いで二組の教室内に駆けこんでいった。僕が五組の生徒と話を終え、次の四組に向かおうとすると、コズちゃんがちょうど昨日の男子生徒を捕まえて手を振っていた。
「おうい! 湊、見つけたよー!」
「えっと、ちょっと、離してください……」
 御倉木くんは明らかに困っている。僕は二人のところへ向かった。
「離してあげなよ。えーっと、御倉木くんは学食派? 購買派? 弁当派?」
「はあ、あの、えーっと、な、なんのことでしょう……」
「いや、ちょっと話があってね。メシでも食いながら、どう? あっ、友達との約束があれば、そっち行ってくれて全然構わないんだけど……」
 コズちゃんは隣でにこにこ笑っている。気味が悪い。なんで僕が勧誘してるんだ、会長はあなたでしょうが。
「いえ、特にないですけど……」
「そうか、よかった。昼メシは学食? それとも購買か弁当?」
「えっと、お弁当ですけど……」
「そっかー。学食で食べてもいいかな」
「わたしもお弁当持ってくるから待ってて」
「うん、先行ってるよー」
 さて、学食で弁当を食べるのはいかがなものだろうか。ちなみに僕はまったく気にしない。「教室で食え!」などと野暮なことを言うやつもいないし、昼食は各々が自由に摂っていた。学食は当然混むが、屋上や中庭で弁当を囲んだりパンをかじる人も多いため、大行列ができるほどではなかった。
 僕が食券を買って二、三人の配膳の列に並んでいる間、御倉木くんに席を取ってもらっていた。お盆を両手にテーブルに向かうと、すでにコズちゃんも来ていた。手を振って合図をくれる。
「昨日はごめんねー。なんか、お取り込み中お邪魔しちゃって」
「いえ、そんなことないです。むしろ……」
 御倉木くんはチラッと僕のほうを横目で見た。コズちゃんもつられてこちらを見る。僕はあわてて話を逸らした。
「そんなことより、ほら」
 僕はコズちゃんに部活勧誘の件を促した。
「ああ、そうそう。ねえ、御倉木くん、だっけ? わたしは中森梢。ミステリ研究会の会長やってます。それでこっちが副会長の玉川湊」
 僕はうなずいた。
「もしまだ部活決まってなかったら、ミス研に入らない? これもなにかの縁だし、あなたのこと、もっとよく知りたいな」
 なに言ってんだか。完全に“霊媒師”という職業に食いついている。御倉木くんがミステリに興味がなければ、入りたくもなんともないだろう。それに霊媒稼業をやってるんだから、オカルト研究会のほうがしっくりくる気もする。まあこの学校にはオカルト研究会はないんだけど、その気になれば創設することだってできる。
 御倉木くんはちょっと困ったようにはにかんだ。彼の笑顔は、なんともかわいらしい甘い笑顔だった。
「はあ、一応いろんな部を回ってみたいので……。考えておきます」
「そっかー。もし他の部に入って合わなかったらウチに来なよ。ウチは年中無休で大歓迎だからさ」
「ありがとうございます。それじゃ」
 ぺこりとお辞儀をすると、御倉木くんはもう一度僕のほうに視線を送ってから帰っていった。僕らはそのまま昼休みが終わるギリギリまで、食堂で駄弁ることにした。
「御倉木くんかわいい子だね―。ありゃモテるわー」
「うん、声も高いし、こりゃ上級生が放っておかないね。コズちゃんも含めて」
「ザンネンでした。わたしには心に決めた人がいるのさ」
 僕はどきりとした。
「え、誰?」
美夜子みよこ先輩」
 ガクッと頬杖から首がずり落ちた。なんだ。
「それは単なる憧れ? それとも……」
「美夜子先輩は憧れの人だよ。わたしもあんな風になりたいなあって思うんだ。……それとも、なに」
「いや、なんでもない。それならよかった」
「よかったとはなによ。あ、さては湊、あんた美夜子先輩のこと……」
 と、予鈴が鳴った。僕はさっさと席を立つ。
「さあて、行くか」
「あ、ごまかしたな。……まあ、いいや。部活説明会の原稿、よろしくね! というか、部室で書いちゃえばいいじゃん。いつもの本読んで駄弁る時間が有効的に使えるし」
「はいはい。っていうか、普段からもっと有効活用しようよ」
「どうやって?」
「読書会……とか」
「えーやだ。めんどくさいし」
 ミステリを研究しないでなにがミステリ研究会か。昨日の威勢のいい大口はどこへいってしまったのやら。根本的な大いなる疑問を頭の上に載せたまま、僕はコズちゃんの後について教室に戻っていった。


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