黄泉の道化師



「ねえ、この間のことなんだけどさー」
 部活説明会も無事に終わり、その週の終わりの土曜日。学食で昼食を摂った僕らは例のごとく部室で駄弁っていた。本当は外で新入生を取っ捕まえて、精力的に勧誘活動をするべきなのだろうが、基本的にインドア派な僕には到底そんなやる気が出るはずもなかった。体力の有り余っているであろうコズちゃんがやればいいのだが、ひとりだと面倒くさいらしい。なんともわがままな会長。
 新入生の部活見学などほとんど入学式後二、三日で済んでしまい、先の部活説明会なんてものはほとんど新入生用の出し物企画と化してしまっているのが現状だった。ほかの部活動・同好会がこぞって色物の紹介をする中、ミス研の紹介はあまりにも地味なものになってしまった。僕の書いた原稿をコズちゃんがちらちらとカンニングしながら発表するというだけ。そんなとてつもなくつまらない紹介に終わってしまったからなのか、ここミス研の部室では閑古鳥が鳴くほどに見学者は皆無だった。
 どうやらコズちゃんは暗記はもちろんのこと、大勢の目の前で舞台に立って発表するなどという行為は大の苦手のようだった。僕はコズちゃんの意外な一面を知ることができたが、部活説明会での収穫はまさにそれだけと言ってよかった。
「この間のことー?」
 僕は本を枕にして窓の外の風景を眺めていた。春。僕が夏の次に嫌いな季節だ。
「ほら、おばけ退治のこと。あのときの湊、かなり怪しかったし、優希ゆうきくんもなにか知ってそうだったじゃない。あのとき校長先生とホントはなんの話してたの?」
「あー。まあそれは置いといて、その御倉木優希くんは?」
「もちろん、入会してくれたよん。……って、置いとかない! なんか隠してるでしょ」
「よく入ってくれたねぇ。あんまり乗り気じゃなさそうだったのに」
「いや、文芸部入ろうと思ってたみたいなんだけど、ほら、あっちもうちとどっこいというか、幽霊部員だらけの幽霊部活じゃん? どっちが先に消えるか……、お! 幽霊退治だけに幽霊でつながったね。ってそうじゃなくて!」
「じゃあ、昨日入ってくれたんだ。今日は? 来てくれるのかな」
「うん。委員会の会議で遅れるってさー。長くかからないって言ってたから、もうすぐ来るんじゃないかな。……って、あのー。湊さん? 話を逸らさないでくれますか? なんで今日そんなにやる気ないの?」
「うーん、春はダメなんだよねー。やる気が出なくって。御倉木くんは、なんの委員会に入ったの?」
「図書委員だってさ。本好きなんだね、彼。それよりも、わたしが訊きたいのは……」
「すみません、遅れました!」
 栄えある新入会員一号である優希が扉を開けた。大した活動があるわけでもないのに、よくこんな自堕落な同好会に入ってくれたものだ。とはいえ、今年度中に同好会の規定人数まで部員を集めなければならないのだから、大変ありがたい。
「いやいや、いいよいいよ。ところで、同好会の規定人数って何人だっけね」
「忘れたし、どうでもいい。いい加減わたしの話を逸らさないで」
 いつもおちゃらけているコズちゃんが珍しく目を吊り上げている。ちょっと遊びすぎた気がしないでもない。これ以上からかうのはやめておくことにした。
「ごめん、わかったよ。始業式の肝試しのときに、なに?」
「でもちょうどよかった、優希くんも来たし。あんたたち、なんか怪しいのよね。なんか隠してるでしょ」
 やっぱり、隠しごとはよくないのかもしれない……。優希がちらりとこちらを見た。だけどやっぱり、そう簡単には話せないこともある。心の準備がまるでできていないのだ。
「なにも隠してないよ」
 僕はとっさにウソをついた。
「……あっそう。ウソだったら、承知しないからね」
 僕の心の揺らぎ、ギクリという音をコズちゃんは見逃さなかったようだ。そもそも顔に出ていたのだろう。コズちゃんはキッと僕を睨みつけた。
「なに隠しごとしてんのよ。なんで話してくれないの! そこの優希くんだってそうよ!」
 コズちゃんの怒りは優希に飛び火した。僕は最初、まだコズちゃんは軽く怒っている程度で、どうにか言いくるめればやり過ごせるだろう、そしたらコズちゃんも怒りをおさめて、明日には忘れてくれるだろうと高を括っていた。
「なによ、みんなして企みごとしちゃってさ! 校長先生とグルになって、わたしの知らないところで例のうわさの真相、全部知ってるんでしょ! あんたたちみんなでわたしを除け者にして、裏でわいわい楽しくやって、わたしのこと笑い者にしてるんでしょ! ふざけんのもいい加減にしてよ!」
 別にふざけてなどいなかった。誰にだって、隠し通したいことの一つや二つあるものだ。墓場まで、いや成仏するまで、胸の内に秘めておきたい秘密だってあるのだ。そう思うと、コズちゃんの抱える秘密に対しても言及せざるをえなくなった。
「優希は関係ないだろ。それに、コズちゃんだっていろいろ教えてくれないこと、あるじゃんか」
「なによそれ」
「五年前の事件、小六のときのやつ。あの事件、まだ解決されてないんだろ? 優希も入ってくれたしちょうどいい、みんなであの事件の再調査をやろう!」
「なんでそんなことしなきゃならないのよ! 最っ低! もういいっ!」
 そう言い放つと、コズちゃんはドアをバァン! と閉めて出ていってしまった。
「……」
 居心地の悪い沈黙が降りた。僕はまだ、自分の秘密を話す準備ができていなかっただけ。だがしかし、
「……あの」
「わかってる。悪いのはこっちだ。いや、優希は悪くないよ」
 悪いのは、全部僕だ。コズちゃんとこうしてケンカするなんて、いつ以来のことだろう。小学三年、いや四年だったろうか。
「サイテーだ、あんなこと言うなんて。コズちゃんの心の傷をほじくり返しちゃったな……。あの事件をネタにするなんて、卑怯もいいとこだ」
「あの、先輩、聞いちゃいけないことかもしれないんですけど、中森先輩の事件って、なんなんですか……?」
 優希がおどおどと僕を見て、そう訊いてきた。
「……優希になら、話してもいいか。僕の秘密を知ってるしね。それに優希には頼みたいことも残ってる。借りを前借りしているようなもんだし……。わかった、話すよ」
 僕は当事者不在の昔話を始めた。とはいっても、自己嫌悪に陥ってしまっていたから、内容はひどく簡略的だ。
 五年前、中森家で起きた事件。それはコズちゃんのお姉さん、中森桜さんの殺害事件だ。犯人が見つからないまま捜査が打ち切られた、迷宮入りの事件だった。コズちゃんのお父さんは警察官で、この街の警察署で署長をやってる警視正だ。その警視正の長女、つまりコズちゃんのお姉さんが亡くなったということで、当時はひっきりなしにニュース番組や週刊誌のネタになっていた事件だ。
 当時は様々な憶測が飛び交っていた。自殺ではないか、身内の犯行ではないか、怨恨の可能性はないか……、などといったことが。しかし最終的にどの推測も決定打に欠け、強盗による犯行ということに落ち着いてしまった。事件は解決しないまま、マスコミからも世間からも関心は薄れていき、警察ではもう終わった事件になっている。
「コズちゃんは明るく振舞ってはいるけど、ずっと気に病んでいると思う。お姉さんが亡くなったのに、そう簡単に忘れられるはずもないし、その気持ちはよくわかってるつもりだった……」
 でも、口論上それは無理な話だったのかもしれない。僕の隠しごとは今を平和に過ごすためのもので、優希もそれに無言の同意を示してくれていた。コズちゃんが疎外感を感じるのも無理はないのかもしれない。
 だけど、“企みごと”や“ふざけている”などと言われてカチンときた僕は、その気もないのに簡単にコズちゃんの心を傷つけてしまった。わかってる。わかってるのに、譲れない。ケンカを理由にして、しばらくコズちゃんと距離を置いたほうがいいのかもしれないと僕は思った。僕自身のためにも、コズちゃんのためにも。
「さあ、今日の活動は終わりにしよう。たぶんしばらく活動もないと思う。うちの学校は兼部自由だから、好きにしてくれて構わない。あと、五年前の事件の話、ここで僕から聞いたってことはコズちゃんには内緒にしておいてくれ。それにもう終わった事件なんだから、あまり気にしないで。それじゃ」
 僕はまだなにか言いたそうにしている優希をひとり部室に残し、コズちゃんと同じように足早に立ち去った。学校からどうやって帰ったのかはよく覚えていない。気がついたら家についていた。
「僕は、どうしたらいい。まさかケンカになるなんて。こんなことなら、もっと早く打ち明けていればよかったかな……」
 僕は洗面所の鏡に向かって問いかけた。鏡の中の僕は言う。
「大丈夫だ、仲直りすればきっとわかってくれる。誰だってなにかしらの秘密を抱えているものだし、秘密を打ち明けるのには勇気が必要さ。本当のことを伝えるのも怖いし、知ってしまうのも怖い。だけどその本当のことから目を背けることこそが、人間の秩序ってやつを成立させているのかもしれない」
 そうだ、心の準備は必要だ。だって本当のことを打ち明けてしまったら、僕が僕でなくなってしまう。あいつが僕にしてきてくれたことだって、全部無意味になってしまうかもしれない。全部拒絶されて、秩序は崩壊し、僕は混沌に飲み込まれてしまうかもしれない。僕は鏡の中の僕に言った。
「でもやっぱり、隠しごとはよくない。コズちゃんは僕のことを理解してくれているし、僕もコズちゃんのことを」
「でも誰にだって秘密はあるってさっき豪語したばかりじゃないか」
「でも良心の呵責だ、隠していていい秘密と隠していたら誰かが不利益を被る秘密とがある。僕の場合後者じゃないのか」
「でもそれはそれで構わないだろう? 誰かの不利益を一から百まで気にして生きてるやつなんてよっぽどの聖人君子だ。それにそもそも物理的なものはなにもかも終わってしまっているんだ。今さらなにを気にする必要がある」
「でも僕はコズちゃんのことを第一に考えて」
「でもそのつもりだったのにケンカしてしまった。雨降って地固まるだ、相手の過去を引き合いに出したのはまずかったかもしれないが、どうにかこうにか仲直りしてアタックすれば許してくれるさ」
「でも打ち明けてしまったらコズちゃんに軽蔑されてしまうかもしれない。僕が僕でなくなってしまうのなら、コズちゃんはもう僕とは一緒にいてくれない」
「でもそのはずだろう? 未練たらしく打ち明けられずにいるのはその恐怖があるからだ」
「ああそうさ! 僕は怖い。コズちゃんが僕を忘れてしまうのが怖いんだ!」
 ぽた、と一滴蛇口から水が滴った。僕は無言のまま緩んだ蛇口をきつく締め、洗面所を出た。


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