ハイブリッド・サムデイ


     1


 未来とはわからないものだ。些細な偶然が重なれば、まったく思いもよらぬ場所へと連れていかれてしまう。でもそれは悪いことばかりじゃない。たまたま日にちを間違えただけで、俺は仲間と居場所を手に入れられたのだから。それは少しだけ平凡という枠組みから抜け出すことのできるきっかけとなった。
 そんなまだ先のことを知らない俺の目の前では、激しく重い音が爆音でアンプから腹の底に響いてきていた。レーザービームのように照明とストロボが彼女の肢体に深々と突き刺さる。目がちかちかするほどその光は鋭い。
 刺々しく、荒々しく、どこか儀式めいたように神々しい、この世のものとは思えない冥府よりの叫び声。暗い箱の中では誰もが沸き立つ興奮と情動に身を委ね、おそらく俺自身の頭も自然と振れ動いていたことだろう。ツインペダルによる途切れのないバスドラが大地の底から重低音を轟かせ、右へ左へと揺れ動く躍動感のあるベースラインに体が自然と引き寄せられていく。そして金属のように甲高く歪んだエレキギターが、楽器というよりもむしろ工事現場で使う重機のように、アンプから直接体へと異常なスピードで突き刺さっていく。悪魔のような演奏隊と止まらないヘッドバンギング。ここは世紀末だ。
 今、まるで俺の知らない世界が目の前に広がっている。知らない音が体を駆け巡り、知らないリズムに体が突き動かされてしまう。なんだこれは。なんだこれは! 俺がそのとき感じた感想はたったひとつ。すごすぎる。
 夜は更けていく。ライヴは白熱していく。人間は二つの未来を同時に手にすることはできない。この場所に偶然居合わせた自分と、家で惰眠を貪っていた自分。どちらが得かといえば、もちろん言うまでもない。
 地獄の底から地上へと突き上げるような爆音に、俺は完全に酔いしれてしまった。
 
 
 それはある春の日のこと。新歓コンパの飲み屋を出ると、泣いている女と慌てている男が目に入った。同じ大学かどうかは知らないが、そっちも新勧の飲み会かなにかだったのだろう。初めてアルコールを飲んだのかしらないが、往々にしてそういうこともあるのだろう。二人は人目を憚ったのか、気がつくとどこかへ連れ立って行ってしまった。
「どうしたー?」
 店の入口で立ち止まっていると後ろから声をかけられた。今日新歓コンパを開いた文芸サークルの先輩である。
「いえ、なんでもありません。なんかカップルの女の子のほうが泣いてたみたいだったんで」
「ふうん。まあ、この時期にはよくある話だな。普段慣れてないことすっから泣いたり吐いたり救急車で運ばれたりする。まあ、飲ませるほうも悪いけどな。えーっと、キミ! 名前なんて言ったっけ」
望月もちづきです」
「望月くん、キミも女の子をベロベロに酔わせて、一発ヤッちまおう! なんて、考えるなよ。俺のセンパイにもひとり、最低のヤツがいてだなーっ」
 かなり酔いの回った先輩のぐだぐだとした愚痴を俺はうんざりして右から左へ流して聞いていた。さっき見た男女も、そうだったのだろうか。その先輩とはなんとなく駅まで一緒に歩いたが、二次会があるというのでそちらへ行ってしまった。結局その先輩の名前は確認しそびれてしまった。確か自己紹介されたとは思うのだが、記憶からは飛んでいた。俺は手近な先輩に軽く挨拶して、さっさと帰ることにした。このサークルも、パスだ。
 俺はこの数日間いくつかのサークルの新歓コンパを回っている。だがしかし、どうにもしっくりくるところが見つからないでいた。所詮大学のサークルなんてこんなものなのだろう。酒を飲みたいだけか、異性との出会いを求めているだけ。もちろんまともな活動をしているところはいくつもあるのだが、なんだか敷居が高そうに思えて気後れしてしまう。
 それなりにユルくて、あんまり人数も多くないところ、それでいて居心地もよくまとまりのあるところ。そんなサークルを俺は探していた。
 実は入学前は軽音サークルに入ろうかと考えていたものの、実際入学してみたらそんな都合のよい軽音サークルなどひとつもないようだった。なにより人が多すぎた。そもそも楽器なんて今まで触ったこともないのに、これから始めて、その多くの人たちの上層部に食い込めるほど上達するとも思えなかった。やる気の問題だろうが、なんということはない。「なんとなく興味があるだけ」というだけでは、いくら飲みサーだろうと苦労するのが現状だった。
 無趣味。せっかく大学に入っても、楽しめることを見つけなければいくらなんでも味気ない。趣味がないということがこれほどまでに大きな障壁となろうとは思いもよらなかった。趣味なんて、これから気楽に見つけていけばいいだろうと思っていたのだ。飲み会で話すネタが簡単に尽きてしまう俺は、新入生特権で安く参加できるイベントでさえも自然と足を運ぶ回数が減っていった。
 入ろうと思ったが結局やめようと決めた軽音サークルの新勧ライヴを最後に、俺は一連のサークル勧誘から離れようと思った。探している場所は新勧イベントでは見えてこない。酒が入れば誰彼ともなくテンションが上がるに決まっているのだ。普段の活動、普段の部室でのやりとり、素の状態での雰囲気を知りたかった。
 明日からはもらったビラや掲示板に貼ってあるポスターに記載されたイベントでなく、実際に部室を訪ねてそれを見極めようと思った。でも、どのサークルから手をつけていいのかまるでわからない。公認、非公認を問わなければ、サークルや部活動の数など星の数ほどもあるのだ。なんでもいい、なにかきっかけがほしかった。
 結局「待ち」の体勢に入ってしまった俺は、なにもやる気が起きなくなってしまった。授業開始の数日前、ライヴの時間までワンルームの部屋でひとりでふて寝して過ごし、時間が来るとのそりと亀のように起き上がり、ライヴハウスまで行った。四年後、まともに就職できずにフリーターや派遣労働者になっても、きっとこんな生活なんだろうなとため息混じりにそう思った。田舎から上京してきてこの体たらく。一体なにをやってんだ俺は。
 しかし時間はある。今から必死にギターを練習し、ロックスターになれる可能性だってゼロじゃない。でもなれるヤツは高校生のときから、もっとすごいヤツは中学生から、もっともっとすごいヤツは小学生の頃から楽器を体の一部にしてきているのだ。俺なんかが付け焼刃の練習をしたところで、うまくいくとは到底思えなかった。
 壁が人を無気力にさせる。あまりにも高く聳える壁は昇る気力を根こそぎ奪っていくのだ。なにか始めなくちゃ……、と思いながらも、時間は無情にもあっという間に過ぎ去ってしまうのだ。光陰矢の如し。
「あのーすみません、今日の『メイク・オア・ブレイク』の新勧ライヴ観に来たんですけど」
 受付の女性にそう告げた。観に来た軽音サークルの名前は「メイク・オア・ブレイク」というのだ。すると受付の女性は首を傾げた。
「あれ、そのサークルさんのライヴ、明日になってますよ。今日四日ですよね、ライヴは五日になってますが……」
「え……」
 なんてこった、日にちを一日間違えてしまった。曜日の感覚がずれてしまっていたのだ。時間と労力を無駄にしたように思えたが、別にこのライヴハウスまでは歩いて十分とかからなかった。
「えーっ、じゃあ、どうしようかな……」
「今日もライヴやっていますが、観て行かれますか?」
「それもどこかの新勧ですか」
「いいえ、一般の方の日です」
「ふうん。じゃあ、せっかくだし、観て行きます。いくらですか」
 俺は言われた料金を支払って当日券を買い、フライヤーを何枚か手渡されてホールに足を踏み入れた。客の入りはそれなりで、若いヤツらが多く、変なファッションをした人が多かった。思えばライヴハウスに来るなど初めての経験だった。
 やがて会場は暗くなり、最初のバンドがステージに立った。そこで聴いた音が、声が、俺の頭に鋼鉄のハンマーで叩かれたような衝撃を与えたというわけだった。
 これがうわさに聞くデスボイスというやつだろうか。体の線をえらく強調するようなピチピチの服を着た女性が、声帯をそっくりそのままデスメタル用のものに取り替えたかのように低く唸り、叫び、咆哮している。メイクしているとはいえ、見るとその顔はえらく美人だった。
 観客たちの興奮は収まることなく、曲がすべて終わっても、バンドの転換時間に入っても、熱が下がることはなかった。拍手はしばらく止まず、頭の中では今もなお音が鳴り響いていた。
「――やっぱすっげーよなあ! 『デトネーション』の百合木祐佳里ゆりのき ゆかりは!」
「ああ、一体どっからあんなスゲェ声出せるんだろうな。彼女、マジで天才だよ」
「デトネーション」の百合木祐佳里。どうやらそれが今のバンドの名前と、ボーカルの女の子の名前らしかった。そういえば入るときに渡されたフライヤーにそんなバンド名のものがあったような気がする。俺は折りたたんで尻ポケットに入れていたつるつるのペラ紙を取り出した。黒いバックに五人の悪魔が並び、赤く「DETONATION」と刺々しくあしらわれた英字が躍っている。
 しかしデスメタルバンドにしてはあまりにも普通なネーミングではないだろうか。代わり映えがしないというか。百合木祐佳里という名前にしても、芸名というか、本名とは違うかっこつけたものをつけるのが主流ではないのだろうか。
「あれでまだ十九だってんだから驚きだよな」
「現役女子大生だろ? ほら、あの大学の福祉学部だって話だぜ」
「くぅーっ! 女子大生か、たまんねぇぜ!」
 その話に出た大学の名前は俺の通っている大学名そのものズバリだった。学部こそ違えど、あのステージ上で一心不乱に歌い続けた彼女が自分と同じ大学内にいる! そう思っただけで胸の高鳴りが止まらなくなった。おかしいな、メタルなど聴いたのは今日が生まれて初めてだというのに。
 思えばそのときから百合木祐佳里の不思議な魅力に惹かれていたのかもしれない。容姿端麗にもかかわらず、壮絶なデスボイスを放つそのギャップから感じられるちぐはぐさが、俺を彼女のもとへと導いていったに違いない。
 しかしその一方で、本当はここへ来てはいけなかったのかもしれないとも思った。それを知るのはしばらくあとのことになるが、百合木祐佳里の揺れ動く感情と抱え込んだ悩みの大きさは、俺には到底関与することすらできなかったのだから。結果はどうあれ、俺はただ巻き込まれていただけにすぎない。
 次のバンドが終わっても、またその次のバンドが終わっても、俺の耳の奥では祐佳里の声が爆発し続けていた。
 
 
 翌日、日にちを間違えてしまった本来観に来る予定だった新勧ライヴできき込み調査をすることにした。テーマはもちろん「デトネーション」の百合木祐佳里。出番前の先輩にきいてみた。
「ああ、『デトネーション』ねー。なんでも、デビュー目前だってうわさだよ。といってもメジャーじゃなくてインディーズ。今どきメタルも売れないみたいだからねー。売れるのはなにを伝えたいのかまったくわからない、消しゴムのカスみたいなポップスやアイドルソング。あの二人組の……なんつったっけ? 後ろでバカみたいに何人も同じ踊りしてるヤツ。あんなのが流行るなんてまったく意味がわからないね。あとなんだっけ? K-POPだっけ? 韓流ブームはドラマだけで十分だよ。あれだって日本のクソ溜めみてーなポップスを真似して作ってんだろ? だいたいさあ……」
 なんか話が逸れて自分の音楽論になってしまっていた。俺はどうでもよくなったので、こっそりその場をあとにした。周りに人が何人かいるんだから、誰かが聞いていればいいだろう。好きな音楽は人それぞれが決めるのであって、お前ひとりの価値観だけで世界が回っているわけではない。
「ああ、あのバンドっつったら百合木祐佳里だろ。うちの大学に通ってるみたいだね。まあ知る人ぞ知る、ってやつかなァ。『デトネーション』を知ってるヤツは大学内でもそう多くはないだろうし。なに、キミ、彼女に会いたいわけ? ふうん、確か同じ福祉学部の福祉学科のヤツがウチにもいたから、そいつに聞いてみてもいいけどさァ、キミ、絶対ウチのサークルに入ってくれよな。今の時代、慢性的にドラムが不足してるんだ。なあに、今はできなくたってイチから教えてやるから安心しな。お、あいつだあいつ。なァ、キミ、紹介してやったんだから、マジで頼むよ。ほら、アドレス交換」
 タダで情報は教えてはくれないということか。俺は咄嗟にごまかすことにした。
「あ、俺今日ケータイ忘れちゃったんですよー。残念ですねー」
「ウソつけ。さっきお前、取り出して見てただろうが」
 バレていた。なんだこのいけすかない野郎は。新入生の一挙手一投足を逐一監視しているとでもいうのか。ヒョロリと背の高いその男は、俺の頭上から薄目でこちらを睨め回してきている。俺はカモになった自分に嫌気が差しながらも、仕方なくポケットからケータイを取り出した。
 サークルの新勧ライヴを覗いてみただけでこの仕打ち。サークルを選んでいるのではなく、新入生が既存メンバーによって選別されているとでもいうのだろうか。このサークルは宗教サークルをはじめとした怪しげなサークルとは無関係だと思っていたのだが……、甘かった。
「そうそう、素直でよろしい。えっと、キミの名前は望月くんっていうのか。下の名前は……ふうん、橙色の日と書いて橙日とうかねェ、かっこいいじゃん。オレの名前はそっちにも表示されてる通り、小駒ってんだ。なあに、もし入りたくなったときにセンパイのアドレスひとつ知らないんじゃ、支障をきたすかもしれないだろ? あくまでも入りたくなったときに、連絡をくれればいいんだよ」
 このヒョロ男はきっといつもこんな調子なのだろう。たぶんカモをサークルに引きこんで会費を落とさせることが目的で、カモが入らないとわかったら、男子学生はカツアゲやそっち系の趣味の人間に渡し、女子学生は……言わずもがなだ。軽音サークルに擬態している分、ヤリサーや宗教サークルよりもたちが悪い。幸いにもこいつの名前と電話番号はゲットした。小駒徒陸こごま とろく、振り仮名には「コゴマ・トロク」と表示されている。俺よりもずっと変な名前だったが、まさか自分のケータイに偽名を登録してるヤツはそういないだろう。カツアゲでもなんでもやってみやがれ、学生課に通報してやる。
「――んじゃあよろしくね、望月くん!」
 そいつの背中を睨みつけながら、俺は紹介してくれるというメガネの男をヤツがこちらへ呼んでくるのを待っていた。
「百合木祐佳里のファンかなにか? まあどうでもいいけど、お前も物好きなヤツだなあ。あんなバンドのどこがいいんだか。メタルなんてなに言ってっかさっぱりわかんねーし、うるさいだけで下品だしさ。お前もそういう人間なの? ん?」
 揃いもそろって人間の腐ったようなヤツばかり。もういい、情報を手に入れたら、さっさと帰ろう。こんな箱の中でこいつらと一緒にいたら、俺のほうまで腐ってしまいそうだった。
「どうでもいいんスけど、さっさと情報くれません?」
「そう怒るなって。おっと、挨拶が遅れたな。オレは玉菜乃一たまな のいち。これもなにかの縁だ、アドレス交換しようぜ。せっかくいろいろとお前の聞きたいことを教えてやるんだ。ほかにも聞きたいことができたときに、なにかと便利だろ?」
 こいつも小駒と同じくアドレスを要求してきた。こんないくつかの数字とアルファベットの文字列を赤外線で一瞬にして送受信しただけで、いとも簡単に人と人は繋がることができてしまう。現代社会の弊害だった。
「ありがとよ。ところで、お前はなんか好きなアニメある? やっぱり軽音サークルに来るってこたあ、あれだよな」
 玉菜と名乗ったメガネ男は軽音部を舞台にしたアニメの話を持ち出してきた。こいつは見た目通りのアニソン厨というわけか。
「早く三期やらないかなあ……、って、話が逸れたね。えーっと、なんの話だったっけ?」
「百合木祐佳里」
 俺は心底頭にきていたが、平常心をなんとか保ってそう言った。
「そうそう、そうだったね。三次元には興味ないんだけど、百合木は同じクラスだからなあ。いいよ、せっかく来てくれたんだ、教えてやるよ。もう知ってるだろうけど、福祉学部の福祉学科の二年。たぶん現役だろうから十九かハタチ。そんで、手話サークルに所属してるらしい。たぶん、ヤリマンなんじゃないか」
 なにが教えてやるだ。なにも教えてくれなかったらこいつをボコボコにしていたところだ。でもまあ、新しい情報が手に入ったから感謝するべきか。あと最後になにか主観だけで決めたあまりにも下らないことを言われたような気もするが、たぶん気のせいだろう。
 手話サークル。なるほど福祉を目指す人にはぴったりのサークルだ。ちょうど明日、六日から授業が始まる。俺は礼も言わずにさっさとライヴハウスを出ようとした。すると不意に肩をつかまれた。
「オイ……。感謝のシルシを忘れてるぜ」
「は?」
 振り向きざま、左頬に衝撃が走った。いきなり殴りかかってくるなんてどういうことだ? さっきのえげつないヤツとこのメガネとではまるで思考が対称的だ。
「ほら、よこせよ、ジョーホーリョー。百合木のこと教えてやっただろお?」
 表面上はやさしく装って、内側に取り込んだあとにじわじわ嬲っていくのがこいつらのやり口じゃなかったのか。先ほどとは手のひらを返したような短絡的思考による急展開に、俺はわけがわからなくなった。
「財布の中の札、全部出せオラ」
「……誰が渡すかよ。頭まで筋肉でできたキモオタが……」
 もう一発、左頬に食らった。ただのアニオタかと思ったがとんでもない。鍛えているのだろう、完全に見た目に騙された。パンチはそれなりに重く、口の中で血の味がした。そのメガネは伊達じゃないだろうな。
 完全に正当防衛だ、殴り返してもよかったのだが、俺は筋肉を鍛えてはいない。それに胸ぐらを締め上げられて、息が苦しい。腕のリーチも長く、下手に殴りかかったところでまったく効かないだろう。それに、こんなところでクソみたいな連中相手に問題を起こすこともない。俺は冷静に、仕方なくこの場は従っておくことにした。
「おいッ! なにやってんだよッ!」
 さっきのゲス野郎、小駒がこっちのやりとりに気づいたのか、駆け寄ってきた。すでに俺の財布の中身は何枚かの小銭を残してほぼ空っぽになったあとだった。
「お前なにこんなとこでカツアゲしてんだよッ! あッ? 酔ってるなこの野郎! こいつがうちに疑い持って入らなくなったらどうしてくれんだテメェ! なァ、キミ――」
 小駒が向けた視線の先には誰もいなかった。俺はすでにライヴハウスから外に出て、頬をじんじんと痛めながら、やけに明かりの眩しいドラッグストアに入ったあと、しばらく監視カメラに写る位置で真っ白になった頭のまま立ち尽くしていた。それから二十分ほど経ったあと、湿布を買い、袋はもらわずにその場で開封し、左の頬に貼った。部屋に帰ると、飯も食わずに布団を頭からかぶって寝た。早く朝が来てほしかった。闇のない、光に満ちた、穏やかな朝が。
 
 

2→

戻る

特設ページへ