ハイブリッド・サムデイ


     5


 麻理衣はものの三分でやってきた。どうやら彼女も大学の近くにひとり暮らしをしているのだろう。全速力で走ってきたためか、体全体で息をしている。
「それで、ヤツはいくら用意しろって言ってきたんだ」
「ひとり五百万で、合計二千万円です」
 麻理衣への電話ではしどろもどろになってしまってあまり伝えることができなかったが、祐佳里が略取監禁されたと聞いて血相を変えて飛んできてくれたのだ。なんとも頼りになる先輩だ。
「そんな金アタシらに用意できるわけがねえ。ここはおとなしく警察に連絡したほうがいいな」
 確かにそれが正攻法だろう。しかし、ヤツの脅しが利いている。
「で、でも、向こうは警察に連絡したら、その、恥ずかしい画像や動画をばら撒くって……」
「チ……、警察に連絡してもバレることはなさそうだが……たぶんあっちもこっちのやってることを監視してるだろう。あの小駒ってヤツはすばしっこそうだったしな……。ケータイを逆探知しても割り出せるのはアンテナのあるエリアだけだし……。どうする……」
 麻理衣は爪を噛んで考え込み始めた。合気道をやっているため爪はちゃんと切り揃えられているが、やがてボロボロになっていった。眉間にしわが寄っている。
 俺のほうもどうすることもできなかった。時間だけがじりじりと過ぎていく。不安、心配、焦り、絶望……。巨大なハンマーで頭を殴られたみたいに真っ白になってしまっている。不思議と憤りの念は湧いてこず、ただオロオロと冷や汗をかくばかりだった。
 結局それから一睡もできずに、俺たち二人は大学へと向かった。女の子を自分の部屋に上げるという男子学生諸君の普遍的な夢も、この状況ではまったく意味を成さなかった。不安でいっぱいの夜を明かすのは、一秒毎に心が削られていくような疲労感に苛まれ続けた。今の俺には心の余裕など一ミリたりとも残ってはいなかった。
「やっぱり、つけられている感じがするな……。気のせいだといいんだけど……。とにかく早く部室へ行こう」
 昨日の夜のうちにメールで招集をかけてあったので、一限の前に部室に着いてからしばらくして蓮華と椒もやってきた。二人の顔も俺と同じく真っ青だった。麻理衣も気が動転していたとはいえ、深夜遅くには冷静さを取り戻し、かいつまんだ説明も併せてメールに書いて送っていたのだった。
「麻理衣、祐佳里が監禁されてるって、本当か」
「私、警察に連絡してみるよ」
「ちょっと待って。悪いけど、警察は使えない。さっき来るときにも尾行されてる感覚があったし、十中八九監視されてるとみて間違いない。それに、警察にこのことをバラしたらレイプしてる画像や動画をばら撒くとも言ってる」
「マジかよ、やることが汚ねえ! いったいどこのどいつだ! ふざけやがって!」
「相手の正体はわかってる。たぶん――」
 麻理衣が言いかけたところで、ケータイの着信音が鳴った。麻理衣は脊髄反射でフラップを開け、電話に出た。
「もしもし……ああ、そっちの首尾はどうだ。……うん、小駒ってヤツと玉菜ってヤツも調べてくれ。……ああ、わかった、頼む」
 麻理衣は通話を切ると、こちらへ向き直った。
「今、アタシの友達と輝一きいちが協力して調べてくれてる。ヤツの行きそうな場所やアジトにしそうな場所をね。しらみ潰しだから時間がかかりそうだけど、この状況じゃ自由に動けるヤツは限られてくるから仕方ない。輝一ならヤツの行きそうな場所をいくつか知ってるようだったから、ローラー作戦をかけて――」
「おい、ちょっと待ってくれ、犯人はいったい誰なんだ」
 俺と蓮華の疑問も代弁するように椒が割って入った。
「ああ、ごめん。犯人は祐佳里のバンドのリードギター、上島秀峰うえしま ひでみねってヤツだ。輝一が昨日から祐佳里に連絡がつかないらしくて、その上島ってヤツに電話したらあいつも金を要求された。ただし、あいつの場合はこっちのひとり頭の倍で一千万だそうだ」
 犯人は「デトネーション」のリードギターだという。俺は非常にショックを受けた。二回ほど彼がステージ上で重金属音を爆音で鳴らしているのを聴いているのだ。俺はそんな彼のギタープレイをかっこいいとまで感じていたのだから。
「犯人はわかった。けど、その輝一ってのは誰なんだ」
「ああ、言ってなかったっけ。輝一は祐佳里のカレシだよ」
「えっ、カレシ?」
浜梨輝一はまなし きいち。こっちは『デトネーション』のサイドギターだ」
「マジか……。って、今はそれどころじゃないな。続けてくれ」
 麻理衣は頷くと話を続ける。祐佳里に彼氏がいたことで再び俺はショックを受けたが、確かに椒の言う通り、今はそれどころではなかった。
「ここ最近のことなんだけど、アタシとアタシの友達で校内パトロールをやってるんだ。大学側はそういうことやっても形だけだからな。裏路地や、学生がよく出入りしてる店なんかを当たってる。で、その友達と輝一でヤツらのアジトを探し出すってわけだ」
「あまりに危険じゃないか? その実動部隊は少なくともひとりは顔が割れてるわけだろ? 向こうの人数にもよるし」
「向こうはおそらく五人。この間中庭でのした二人と、バンドのベースとドラムだ。アタシは輝一以外とはあんま面識ないからよくわからないけどね。それに実動部隊は変装させてある」
「変装ったって……いくらなんでも無理があるだろ。なんでもかんでもひとりで突っ走って、そんなごり押しでうまくいくかよ! こっちの動きが相手にバレて、逆上させて祐佳里が被害を被ったらどうすんだ! お前の責任だぞ! もうちょっとよく考えて話しあってから――」
「んなこと言ったってこの方法以外ねえだろうが! 警察には連絡できねえし、金も用意できねえだろ! 祐佳里は今もどこか暗い部屋に閉じ込められてんだ、一刻を争うんだ、こっちだって危ねえ橋渡るっきゃねえだろうがよ!」
「だからってな――」
 バン! と机を叩く大きな音がした。蓮華が険しい顔つきで両手を机についている。
「二人とも落ち着いて! 今は言い争ってる場合じゃないんだよ」
 自然と立ち上がっていた椒が椅子に座り、最初から立っていた麻理衣も席についた。
「その作戦も先手必勝でいいかもしれないけど、やっぱり危険すぎるよ。ここは安全第一をとって、とりあえずなんとかしてお金をかき集めて、受け渡しのときを狙うしかないんじゃないかな」
 蓮華の作戦に俺は賛成だった。それならば最終的に金も失うことはないだろうし、祐佳里の居場所も突き止められる。
 だがやはり金を集めるのに難儀するだろう。二百万、三百万ならギリギリ借りられないこともないだろうが、五百万となると難しくなるだろうと思った。ましてや祐佳里の彼氏である輝一は一千万円である。未成年だと審査の通らない学生ローンもあるだろうし、そもそもどんな審査があるのかまったくわからない。利息もかかるだろうし、万が一金を奪われて使われてしまったらただごとではない。もちろん金で解決できるのならそれが一番なのだが、集める方法がごく限られてしまっているのでは、あとたったの三日間でそれほどの大金を用意するのは不可能に近かった。
 蓮華の方法には確かに賛成できるのだが、俺はその一方で麻理衣の言うことにも突き動かされていた。祐佳里は今も暗い部屋で猿ぐつわを噛まされ、縛りつけられている。目隠しもされているかもしれない。どんなに不安だろうか。どんなに怖いだろうか。どんなに心細いだろうか……。そして今もそれが続いているのだ。ここは危険を冒してでも賭けに出る価値は十分にあった。
「夕張先輩の言うことも確かに一理あります。でも俺は、浅見先輩の作戦にも賛成です。一か八か、このままローラー作戦で行きましょう」
「おいおいおい、望月くん? それはやっぱナシだろ? ここはなんとか相手の言う通り金を集めてだな……」
「だろー? やっぱ望月はわかってくれると思ったんだよ! 相手もそう簡単にヘマやらかすとは思えねえし、受け渡しのときを狙うほうが逆に危険だって。人数だってわかってるだけで五人だ、もっといるかもしれない」
「だとしても! 祐佳里の身を第一に考えるべきだろ!」
「モッチー、マリリンの作戦でいくんだったら、なにか策を出してくれるかな。ユカリンに絶対危険が及ばない方法で頼むよ。私たちはどうなってもいいから、迅速な意見をちょうだい。こちらの動きが悟られてしまう前に」
 部室内は蓮華の一言で水を打ったように静かになった。一身に視線を浴びたと思ったら、すぐにみんなの視線はテーブルの上に落とされた。なにかないか、なにかないか……。頭の中の歯車が高速で回りだす。なにかないか……。俺だけじゃない。みんなもフルスロットルで考え込んでいた。
 ふと俺は思い立つ。そういえば、あのとき――
「望月くん、なにやってんだ?」
「そういえば俺、小駒ってヤツと玉菜ってヤツ、二人のアドレス持ってたんですよ。なにかに使えないかと思って」
 俺はケータイでアドレス帳を呼び出した。あのときはよく見なかった。名前とフリガナだけで、そのままケータイを閉じてしまったのだ。
 俺は方向キーの下を押してアドレス帳をスクロールした。ビンゴ。二人はご丁寧なことに、自分の住所まで登録してくれていた。
 
 
 運も実力のうちとはよく言ったものだ。まだそこがアジトだと確定したわけではないが、俺たちはその日のうちに上島、小駒、玉菜の三人のアパートに乗り込むことにした。緊急事態なのだから、授業など出てる場合ではなかった。
「なあ、万が一だぞ、もしその上島ってヤツがあとワンクリックで動画・画像を送信できるところまで準備を整えていて、俺たちがヤツのアジトに近づいただけで偵察から連絡が入り、頭にきたヤツが指先をほんの少し動かして送信しちまったらどうする」
「迅速な動作で、ヤツを捕捉すれば問題ない」
「ケータイでPCを遠隔操作されたり、そもそもケータイ自体から送ったりしたらどうする。普通のガラケーでもそういうことできそうだし、スマートフォンならもっと可能性がある」
「一瞬でケータイを取り上げる。腕や指を折ってもいいし」
「そんなうまくいくはずがないだろ。相手がもっと頭の切れるヤツならドアや部屋の入口にセンサーを仕掛けていて、そのセンサーに反応して送信されるような仕組みになってたらこっちは手も足も出ないぞ」
 椒のいくつかの疑問点は実に的を射ていた。少しでも不安要素の可能性があるのなら、こちらは迂闊に行動することができなくなる。俺たちは狭い部室の中、四人で頭を振り絞って考え続けていた。
「……やっぱり、警察に連絡しよう」
 蓮華がぽそりと呟く。麻理衣が慌ててそれを止める。
「ダメだってさっき言ったじゃん! 警察に連絡なんかしたら、一発でアウト――」
「違うよ。そんなあからさまな措置じゃなくって、もっと裏側で動いてもらうんだ。マリリンの言う通り、対策本部なんか作られちゃったらいくらなんでもバレるからね。私の知り合いの刑事さんに連絡してみる。秘密裡に行動してもらうんだ」
くぬぎさんか」
「そう。蒼実あおみさんに連絡して、なんとかしてもらおう」
 蓮華から新しく立ち上がった作戦を聞く。表向きの目立った行動は避け、あくまでも警察をバックアップとして使うこと。蓮華の道場に通っている知り合いの刑事に単独で協力してもらい、ヤツらを袋のネズミにする作戦だ。しかし向こうのアジトの場所はまだ正確にはわからない。三人のうちの誰かのアパートの一室という可能性が濃厚なだけで、どこか別の場所かもしれない。それについては麻理衣が意見を出した。
「輝一から聞いた話によると、上島ってヤツはとことんケチなヤツで、あんまり金のかかることはしない主義らしいんだ。だからホテルにいるとも考えられないし、レンタカーを借りて動き回っているというのも捨てて考えていいと思う。上島はバイクが好きらしくて、いつもほしがってたみたいなんだ」
「なるほどな。三日間は向こうも祐佳里を監禁し続けるつもりなんだから、ホテルやレンタカーにしてもかかる金額が大きくなるってわけか」
「そういうこと。だとしたら誰かのアパートの部屋が一番怪しい。さらにはせっかく二人の舎弟がいるんだから、そのうちのどっちかを使う可能性のほうが高い」
「俺もそう思うな。蓮華、どうする」
「うーん、そうだね……。他にもあてがあることを念頭に置きつつ、その二人のアパートにまずは行ってみようか。ボスの部屋についてはこっちは場所を知らないわけだから、すでに動いてる実動部隊を向かわせよう。マリリン、連絡お願い。シナっちの案件は私がなんとかするから、みんな出かける準備をしておいてね」
 そう言うと蓮華と麻理衣はケータイを取り出して電話をかけ始めた。言われたとおり、俺と椒は準備をする。とはいっても大したことはしていない。荷物などは邪魔になるから置いていき、四月の陽気の中では上に羽織る上着もない。準備というのは、覚悟を決める時間のことだった。
 二人が電話をかけ終え、俺たち四人は部室から外へ出た。無意識のうちに周りを警戒してしまう。
「それじゃあ、手はず通りに」
「オッケー」
「了解」
「行きましょう」
 チーム分けは俺と蓮華、麻理衣と椒の二手に分かれることになった。俺と蓮華は玉菜のアパートへ、麻理衣と椒は小駒のアパートへとそれぞれ向かった。麻理衣は玉菜と戦いたがっていたが、事態はなによりも迅速な対応を要する。一発で落とせなかったため、確実に倒せるであろう蓮華に当たらせることにした。
 主犯である上島のアパートへはすでに輝一と麻理衣の友人三人が向かったそうだ。俺たち四人は自然と早足になり、もし尾行がいるのならそいつらを撒くつもりで動いた。なんとしても祐佳里を助けたい。共通した思いを持ったメンバーが救出に乗り出す。焦る気持ちに打ちかてるほどの祐佳里への思いが、果たして俺にはあるだろうか。いや、作り出すんだ。祐佳里の夢を奪うわけにはいかない。
 しかし、「デトネーション」はおそらくこれで解散だろう。祐佳里も志半ばで普通の女の子に戻るのかもしれない。ほとんどデビューも決まりかけていたのに、祐佳里は背中を押されて崖下に落とされた気分に違いないだろうと俺は思った。
 俺は祐佳里を助けたいという思いよりも、いろんなものに対しての許せないという気持ちのほうが優っていた。「デトネーション」の曲が好きだったのに、あのヘビーな音が好きになったのに、それを少しライトに落とせという事務所に対しても、それをそのまま鵜呑みにしてしまう祐佳里にも、そしてなにより祐佳里を監禁して金を要求するという怒りの方向性を履き違えた上島とかいうヤツに対しても。
 良質な音楽を作り出すためには相互理解が必要だ。こういう強引なやり方ではなく、話し合いで解決できるはずなのだ。デビューという目先の金、あるいは肩書きを得るためだけにやっていいことではなかった。事務所の方針が合わないのなら、事務所を変えればいいだけの話だ。それに祐佳里も本心からそう思っているはずがないと俺にはわかっていた。だって俺たちは、部室で何度か語り合ったのだ。海外のデスメタルバンドについて、いくつもいくつも――
「モッチー、準備はいいかい」
「あ、はい」
 気がつくともう玉菜のアパートの前に着いていた。部屋は五階建てアパートの三階にあった。大学からはほんの数分の距離だ。もしここがヤツらのアジトだったらまさに灯台下暗しというわけか。
「いくよ」
 俺は頷いた。蓮華も頷き返し、まずはインターホンを押してみる。しばらく待つも、反応はやはりない。ドアノブに手をかけたが、案の定鍵がかかっていた。
「うーん、どうしようか。さすがにピッキングなんてできないし、壊すともなると一苦労だね」
「窓を割って入りましょうか」
「それがいいかな。どこかを伝ってベランダに入れるといいんだけど……」
 俺たちはそれぞれ三階の廊下の端まで行ってみた。ベランダのほうへ回れそうな足場は残念ながら存在しなかった。しかし、すぐにその必要はなくなった。
「おい……お前らなにしてる」
 後ろから声をかけられて、振り向くとそこに玉菜が立っていた。俺たちのことを尾行してきたのか、それとも単に自分の部屋へと帰ってきたのか、階段から現れたようだった。
「こりゃいいや、好都合。お前ら、上島さんの居場所を探してんだろ。へっ、バカなヤツらだ。確かに上島さんはケーサツにチクったら画像をばら撒くって言ってたけどな、お前らが行動を起こしてもばら撒くつもりだったんだよ! 間抜けなヤツらだぜ!」
 俺と蓮華はひとりで捲し立てる玉菜の様子を身動きひとつせず観察していた。こいつは単純で、ひとりで勝手に熱くなって、空回りするタイプの人間だ。
「上島さんに連絡して、こいつらをのせば楽勝だ。あの祐佳里って女があんなことやこんなことをヤッてるシーンを世界中に配信してやるぜ! それにどうやら、浅見とかいう怪力女はいねえみたいだからな。そこのガキとチビ女じゃオレには勝てねえよ」
 そして自惚れも強い。そのあとは一瞬のできごとだった。ハイスピードカメラで撮影しなければ、その動きを捉えることはおそらくできないだろう。玉菜がケータイを取り出して早口で、
「上島さん、今――」
 と言った次の瞬間にはもう勝負がついていた。まばたきよりも速く、玉菜は再び女の子に投げられていた。
「ねえ、その上島さんの場所は――」
 見ると玉菜はすでに気を失っていた。打ちどころが少し悪かったらしい。
「ありゃ、やりすぎちゃったね。どうしよっか」
 白目を剥いて伸びている玉菜をどうやって起こそうか考え始めようとしたところで、蓮華のケータイが鳴った。
「ほいほい、あ、麻理衣、どう? そっちは。うーん……やっぱりハズレかー。犯人の家もハズレ? うーん、困ったね、こりゃ」
 話の内容から推察するに、どうやら小駒のアパートにも、上島のアパートにも祐佳里はいないということだろう。これで手がかりはなくなってしまったということか……。俺はがっくりとうなだれた。
「モッチー、諦めるのはまだ早いよ。まだこいつからは情報が得られそうだしね」
 麻理衣との電話を終えた蓮華が、床に寝転がっている玉菜を爪先で小突いた。そのまま何度も腹に蹴りを入れる。いつか小駒が俺の腹を蹴ったように、蓮華は玉菜に蹴りを入れていた。爪先が腹を打つたびに、俺の体は小刻みに跳ねた。
 しばらくすると玉菜が目を覚ました。もう襲いかかってくる気力は残っていないようだった。
「おっ、ようやく起きたね。まずはおはよう。起きぬけで悪いけど、その上島さんってのがどこにいるのか教えてくれないかな」
「な……、なんだこの女――」
「居場所、教えてくれる?」
 蓮華は例の笑みを満面に湛えていた。その表情には俺に見せたものよりも、ずっと闇があった。
「誰が……言うかよ……」
 今度は蓮華の足が玉菜の顔面に飛んだ。俺が小駒にされたときとまったく同じように、玉菜の鼻からも血が垂れた。
「吐け」
 蓮華は笑顔のまま凄んだ。俺のほうまでぞっとしてしまう。いつもの蓮華とは比べものにならないほど声のトーンが落ちていた。なんど思い出しても寒気のするであろう、恐ろしい笑顔だった。
「わっ、わかった、言う。言うから……」
 蓮華は蹴るのをやめた。俺は自然と右手で鼻を、左手で腹を押さえていた。
 
 

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