水溜りのホップロック


   02

 東京都が水没してからまだ幾年と経っていない。環境破壊による地球温暖化が原因か、それとも正常な地球寒冷化のサイクルか、はたまた神の気まぐれか、わたしたちが寝ている間に大洪水が起きて、一晩のうちに水浸しになってしまった。幸いなことにわたしたちが寝ていたのはとあるデパートの屋上遊園地の小さなベンチの上だったので、難なく水没を免れていた。
 しかし問題は災害を免れたことではない。それは微々たる幸運であって、肝心の問題はいくつもある。
 まず、下に降りられないということだ。デパートの五階までは浸水してしまっているので、買い物にも出かけられないし学校にも行けない。まあもともとわたしたちはいわゆる不登校児というやつで、学校になど毛ほども行く気はないのだが。
 二つ目の問題は、まるで救助が来ないということ。当たり前だ、レスキュー車も消防車も救急車もパトカーも全部まるっと水の底だ。一体誰が助けに来られよう? 救助ヘリなら来られようが、誰もわたしたちの存在に気づく人はいないだろう。陸の孤島と化したビルのてっぺんで、焚き火をしたところで意味はない。
 そして三つ目の問題。これが一番重要で難解複雑、完膚なき謎である。それは何かというと、なぜかみんなが普通に、当たり前のように生活しているということだ。屋上から下を見る限り、平気で水の底を人が歩き回って、会社や学校へ行き、散歩をし、ランニングやウォーキングなどをしている。まるで不思議でならないが、きっとみんな一晩のうちに進化してえら呼吸を身につけてしまったのだ。わたしたち二人だけを取り残して。
 いつでも世界はそうなのだ。わたしたちだけを、わたしだけを、当たり前のように除け者にするのだ。わたしの隣で寝ているエンも、きっと除け者にされたに違いない。わたしとエンがどうやって出会ったのかはとうに忘れてしまったが、同じく世界から見放されたものどうし、何かの導きで出会ったのだ。そうして家にも帰らなくなったわたしたちは、二人でここで過ごしていた。
 コンクリートでできた無人島の漂流者。このままここで死んでしまうのだろうか。それでも構わなかった。生きる気力なんて、これっぽっちも残ってなかった。
 
 
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