空しいほどに青すぎる空

 
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 朝の通勤電車。
 何とも言えない不安が私を取り巻いている。パンフレットで何度も確認した経路を頭の中で反芻する。大丈夫、大丈夫。そう何度も言い聞かせながら、私は試験を受けるために高校へと向かっている最中だった。
 なんだかんだいって、美晴は結構普通にクラスに溶け込んでいた。家出をするということで、その意志の強さ、覚悟の強さが知れ渡ったかのようだった。大抵こういうときは野次られたりするもんだけどなぁ……、とも思ったが、あながちそうでもないようだったので、私も茜も、そして美晴も、安心して受験に挑むことができるのだった。
 望が私を信じてくれているなら、私もそれに応えなくちゃいけない。絶対に、合格通知を受け取ってみせる……!
 茜と美晴は公立の高校を受けることにしたが、私の場合は私立の進学校。茜は、「なるようになるって。気楽にいこうよ〜」と悠長なことを言っていたが、私の場合はそんな簡単な気持ちでどうなるものでもない。偏差値、内申、面接の際の外見的アドバンテージ。それらも合格への道具として、たった一回の勝負に今まで積み上げた努力の全てを賭けるのだ。
 プシューッとどこか気の抜けた音がして電車のドアが開いた。私の受ける学校は駅から徒歩で行くことができた。頭の中では、数式と漢字と英単語がぐるぐると渦を巻いている。
 大丈夫、大丈夫。こういうときは緊張するとかえって結果が悪くなる。リラックスして、落ち着くことが何よりの秘訣だと頭の中ではわかっているつもりだが、どうにも気持ちが理性に追いつかない。
 道を歩く人、人、人。誰もがそれぞれの思いを胸に、これから通うかもしれない学校へと向かっている。第一志望の人もいれば、滑り止めの人もいるだろう。それぞれの視線は様々だが、合格したいという意志は、私を含め全員が同じであるはずだ。
 校門を抜ける。緩やかな坂を上る。昇降口で上履きに履き替える。階段を昇る。教室に入り受験番号を確認して席に着く。時間がゆっくりと進んでいるかのように、一つ一つの動作がコマ送りのように浮き彫りになっていく。周りの浮き足立ったようなざわめきや、単語や公式などの暗唱。今までの努力の再確認と、これから始まる試験への未確認な不安。一秒一秒が普段よりも数倍の重みをもってのしかかってくる……。
 キーン、コーンというチャイムの音が響いた。さあ、開戦だ!
 
 受験期間が終わると、クラスの中には終結した空気が流れ始める。ようやく終わったのだ、これでもう、あんなに辛い受験勉強を続けなくていいんだという開放感。それがどこか心地よかった。
「麻衣〜! あたし受かったよ〜!」
 朝一番で茜が話しかけてきた。それほど偏差値も低くない公立高校を受けた茜は、無事に合格したようだった。あれほど勉強が嫌いだった茜でも、試験はなんとか乗り越えられたようだった。
「私も何とか受かったよ」
 美晴も公立を受けたが無事に合格したようだ。
「ということで、三人とも第一志望に合格したのであった〜。いやーよかったよかった。一時はどうなることかと思ったよ」
「その一時って私のこと?」
 茜の言葉に美晴がすかさず突っ込んだ。
 そう、私も無事に合格できた。発表時に自分の受験番号を見つけたときには何とも嬉しく、そしてこそばゆい気持ちだった。三人とも第一志望に合格できた。自分の行きたいと思う学校に行けるのである。今までの努力はこうして報われたのだった。
「卒業したらなかなか会えなくなるねぇ、あたしたち」
「寂しいこと言わないでよ。たまに休みの日とか、どっか遊びいこうよ」
 二人はのんきな会話を続けていた。この三人は友達どうしであるが、私には絶対的な親友がいた。彼女とは会えるかどうか、まだわからないのである。
 と、携帯が鳴った。マナーモードにしていなかった私は、慌ててポケットから携帯を取り出した。
「こら〜っ! 学校に携帯持ってきていいのか〜?」
 茜に咎められたが、気にせず携帯を開いた。見ると、望からメールが届いていた。
 そこには一行、「一ヵ月後に退院することになったよ」と書かれていた。
「お、やったじゃん。ということは手術が成功したんだね〜。何だか全部が全部ハッピーエンドだね」
「だね。バンザーイ!」
 茜と美晴がはしゃぎだした。私はただただ嬉しさに言葉を失くしていた。
 
 卒業。それは何かの終わりで、また何かの始まりである。
 中学三年間を終えた私は、高校へと進学していく。少しずつではあるが、人生は先へと進んでいく。出会いもあれば別れもあるし、成長もすれば過去を振り返ることもある。先へ進むということは何よりも大切なことだ。過去に縛られたままでは、何もかもが絶望的に見えてしまうのだから。
 こうして、望は無事に退院し、私は第一志望校に合格できた。望と一緒に写真も撮った。今までのことも、たくさん、たくさん話した。
 望と近所の土手を散歩しながら、私はいろいろなことを考えていた。
 この春休みは望といろんなところへ遊びに行こう。面白おかしく会話して、たくさん楽しいことをしよう。
 ああ、なんて幸せなのだろうか、と私は感じた。悪しきものは全てどこかへ消え去ってしまったようだ。私たち二人、いや、私たちはみんな、茜も美晴も望もみんな、幸せだと実感しているのではないだろうか。
「空が綺麗だねー」
「うん」
 私と望は、一緒に空を見上げた。さんさんと降り注ぐ春の光。眩しすぎるほどに輝いて、あまりにも幸福すぎる光。
 そう、この気分でこそあの青い空は初めて意味を成すのだ。
 今日もまた、空は空しいほどに青すぎて、雲は呆れるほどに白すぎた。
 
 

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