Have A Good Day



 僕の友達が病気になった。病名はクローン病という。消化管全体、主に小腸や大腸に断続的な炎症性の潰瘍ができる病気で、激しい腹痛やたまに起こる下血に苦しめられている。僕の友達は小腸型で、今回二度目の下血、小腸内視鏡検査の設備が整っている横浜の大学病院に入院したとあって、僕は見舞いにやってきたというわけだ。ちなみに下血というのは腸管内で出血が起こり、血が排泄されることだ。一度目の下血でかなりの血が出て、貧血を起こして倒れたらしい。
 この病気は一九三二年にニューヨークのブリル・バーナード・クローン(Crohn)医師らが発見した病気だ。炎症性腸疾患の一つで、難病として特定疾患に指定されている。日本では約四千人に一人しか罹患者のいない病気だ。まだまだ世間の認識と理解は少ない。ちなみにクローン人間のクローン(clone)とはまるで関係がない。
「おはようございます!」
 ナースセンターの看護師の軽快な挨拶に、僕も「おはようございます」と返す。面会者受付名簿に自分の名前を記載する――野宮朝のみや あした
 六一一号室へ。上から三番目に友達の名前――穂積雲理ほづみ くもり。僕の中学からの友達でよき理解者。高校も同じだ。
「おはよう。具合はどう?」
 カーテンを開けて入る。四人部屋のうちの一つ。クモリはベッドを起こして文庫本を読んでいた。いつもの眼鏡はテーブルの上に。大分痩せたように見えるが、顔色は悪くなかった。
「おはよう。早かったね。遠いところわざわざありがとう」
 今は朝の十一時過ぎ。面会時間が始まったばかりだ。
「気にすんなって。それより、病気の方はどんな感じ?」
「経過は良好かな。今のところ腹痛もないし。退院まであと一週間ぐらいだってさ。暇過ぎてやんなっちゃうよ」
 そう、入院生活はとてつもなく暇だという。何もすることがないし、移動も制限される。本を読むか、テレビを観るか、惰眠を貪るか。時間的束縛から解放された自由な生活。だが病棟という空間的束縛がそれを自由であって自由でなくしているのだ。
 成績優秀なクモリでさえも、さすがに入院中まで勉強する気は起きないようだった。病気や入院生活のことをうだうだ聞いて話してもらうのもうんざりするだろうから、僕は学校のことやクラスメイトのこと、日々のできごとをあてどなく話した。
 クモリは毎日暇つぶしにテレビを観ているから、やたらと世情に詳しくなっていた。反面僕は新聞もニュースも一秒たりとも読んだり観たりしないので、なんだか世間から置いてけぼりにされているような気分になった。
 でも、病院を出る頃にはどうでもよくなっていた。僕は「お大事に」と言って帰った。クモリは曖昧な返事をした。僕はネットで調べて知っていた。クローン病は原因不明の不治の病で、治療法も確定していない病気だということを。
 クローン病は死に至る病気ではない。けれども、腹痛や下血はとてもつらい。食事療法によって食べられないもの、飲めないものも数え切れないほどある。それに比べて僕はいたって健康だ。好きなものを好きなだけ食べられるし、毎日腹痛に苦しむわけでもない。日々平穏無事な朝を迎えられることに感謝しなくちゃ。朝起きてトイレに駆け込んだら血が……ではシャレにもならない。
 誰も望まない四千分の一の不幸。でも、クローン病よりももっとつらい病気に罹っている人もいる。明日の朝が迎えられるかどうかさえわからないような人も。
 神の采配は気まぐれだけど、僕らは二人ともいたって普通に翌朝を迎えた。僕は学校へ、クモリは朝の採血だろう。僕はクモリに余計な心配をかけないよう何事もないようなそぶりをしていたが、僕だって悩み事がないわけではない。普段の学校生活なんて気楽なようでいて、水面下では複雑に思いや気持ちが絡み合い、交錯しあっている。
 人間関係の不安、将来の不安、病気の不安。そういったいくつもの複合的な不安が僕らを眠れなくする。クローン病はストレスが原因の一つにもなっていると考えられているし、実際に不安要素があると体調が悪くなるという。クモリはストレスを溜め込みやすい性格だから、きっとそれがクローン病発症の引き金なったのかもしれない。
 きっと、僕らはそんなに器用にできてはいないのだろう。ならば不器用なまま、不器用なりに生きてやろう。だって死に至る要素も、死を選ぶ理由もないのだから。
 僕らはありのまま朝を迎え、夜を過ごし、眠り、また朝を迎える。ありのまま生きて、ありのまま日々を送り、ありのまま時が過ぎていく。何事もない日もあれば、すごくいいことがある日もあるし、とことんついてない日だってある。
 四千分の一の確率だって、たぶんそこまで不幸じゃない。誰が望んだわけでもないけれど、嘆くこともないのだろう。
 僕らは不器用なりに、すべてを受け入れて過ごそう、ありのままで。
 
 

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2010.11.06
 
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